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「人は船の旅のたのしさを忘れている」 詩・金子光晴

人は船の旅のたのしさを忘れている。

君の豪華なサロンが

あなたの化粧室や、バス付の寝室が、

海神に護られて波の上を走る爽快さを。

空の旅で省略された距離感が、

世界のデタイユとともに取り戻され、

胸ふくらませ近づく港、港が、

異教の祭りの熱狂で諸君をむかへる。

波のふちどる旅の道筋には、

自然の豊穰と風俗の変化があり、

単調で、悩みの多いこの人生に

おもひもかけない夢の贈物を届ける。

 *

人は船の旅のよろこびを忘れている。

七つの海のうら若い巨船たちは、

荒れる波風にも揺らぐこともなく、

しづかに、しづかに、航海をすすむ。

海の緑玉のうへを辷る船棲は

賀宴にのぞむ盛装のすり足のやうに、

大きなデコレーションケーキが、

宴席の中央に運ばれてゆく時のやうに

自由と、清新な希望との象徴のやうに、

ピンポンのやうに弾むこころで、

船をあくがれることを人は忘れている。

船の旅でしか出会へない、宝石の人生を。